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つきのまつやま
月の松山
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,451 字 · 41 页
孝也はまっすぐに日野を睨み、一歩、一歩と日野に向って進んだ。
日野数右衛門の顔がさっと怒張した。孝也はするどく叫んで刀を右へ振った。それは(間合を詰めて来た)大道寺の面上へとぶかとみえた。大道寺九十郎ははじかれたようにとび退き、日野が絶叫して踏み込んだ。孝也はそれを期待したのだ、日野は絶叫し、刀を上段から打ちおろしながら踏み込んだが、踏み込んだ勢いのまま「ひっ」と悲鳴をあげて転倒した。丸太を倒すような倒れかたで、すぐに脾腹を押えながら起きあがろうとしたが、唸り声をあげてぐっと(地面の上で)身をちぢめた。脾腹を押えた手がたちまち血に染まっていった。
大道寺は離れたまま見ていた。彼は右手を高くあげてなにやら叫んだ、誰かに合図をしているようである。孝也ははっとした。坂道に馬蹄の音がした。――念のために伏せるだけ伏せよう。
孝也はその言葉を思いだした。「藤十」の隣り座敷で、かれらがそう話していた。――伏勢がいる。
孝也はそう思った。馬蹄の音は坂を登って来る。大道寺は孝也の右へまわった。孝也はその位置のままそちらへ構え直した。するとうしろで糸をひくような風音がし、左の背中へ矢が射込まれた。