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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

足立はまたさかんな気象の青年で、基督教主義の学校の空気の中にありながら卒業するまで未信者で押し通したということにも、一つの見識を見せていた。

「いよいよお別れだね」

捨吉は二人の友達と互いに言い合った。

菅は築地へ、足立は本郷へ、いずれも思い思いに別れて行った。十六歳の秋から二十歳の夏までを送った学窓に離れて行く時が捨吉にも来た。荷物や書籍は既に田辺の小父さんの家の方へ送ってあった。彼は風呂敷包だけを抱えて、岡の上に立つ一群の建築物に別れを告げた。一番高いところにある寄宿舎の塔、食堂の廊下の柱、よく行った図書館の窓、教会堂の様式と学校風の意匠とを按排してそれを外部に直立した赤煉瓦の煙筒に結びつけたかのような灰色な木造の校堂の側面、あだかも殖民地の村落のように三棟並んだ亜米利加人の教授の住宅、その魚鱗形の板壁の見える一人の教授の家の前から緩慢な岡の地勢に添うて学校の表門の方へ弧線を描いている一筋の径なぞが最後に捨吉の眼に映った。

捨吉は表門のところへ出た。幾株かの桜の若木がそこにあった。その延びた枝、生い茂った新しい葉は門の側に住む小使の家の屋根を掩うばかりに成っていた。