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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
捨吉は初めて金釦のついた学校の制服を着てその辺を歩き廻った時の自分の心持を想い起すことが出来た。あの爵位の高い、美しい未亡人に知られて、一躍政治の舞台に上った貧しいジスレイリの生涯なぞが彼の空想を刺戟した頃は、この桜の若木もまだそれほど延びていなかったことを想い起すことが出来た。四年の月日は親しみのある樹木を変えたばかりでなく、捨吉自身をも変えた。何という濃い憂鬱が早くも彼の身にやって来たろう。そして過去った日の楽みをはかなく味気なく思わせたろう。
風が来て桜の枝を揺るような日で、見ると門の外の道路には可愛らしい実が、そこここに落ちていた。
「ホ、こんなところにも落ちてる」
と捨吉は独りで言って見て、一つ二つ拾い上げた。その昔、郷里の山村の方で榎木の実を拾ったり橿鳥の落した羽を集めたりした日のことが彼の胸に来た。思わず彼は拾い上げた桜の実を嗅いで見て、お伽話の情調を味った。それは若い日の幸福のしるしという風に想像して見た。
捨吉に言わせると、自分等の前にはおおよそ二つの道がある。その一つはあらかじめ定められた手本があり、踏んで行けば可い先の人の足跡というものがある。