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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

ここへ来て霊魂をあずけるかのごとき人達は一番前の方に首を垂れている娘の後姿を、その悔改と受洗間際の感動とで震えているような髪を、霊によって救われたという肉を、あたかも一の黙示に接するかのようにして眺めていた。そして、その日行われる儀式によって日頃にまさる感激を待受けるかのように見えた。そういう中で、捨吉はある靴屋と並んで、皆の後の方に黙然と腰掛けた。

浅見先生の姿が説教壇の上にあらわれた。式が始まるにつけて婦人席の中から風琴の前の方へ歩いて行ったのは繁子だ。捨吉は多勢腰掛けている人達の間を通して、彼女を見た。彼女が腰掛を引寄せる音や鍵台の蓋を開ける音や讃美歌の楽譜を繰る音はよく聞えた。捨吉はその風琴の前に、以前の自分を見つけるような気がした――勿忘草の花を画いて、それに学び覚えた英詩の一節なぞを書添えて彼女に贈った自分を。

捨吉と並んだ靴屋はこの教会の草分の信徒で、手に持った讃美歌集を彼の方へ見せて、一緒に歌えという意味を通わせた。捨吉は器械のように立ったり、腰掛けたりした。

丁度洗礼を受けようとする娘が長老に助けられて、浅見先生の前で信徒として守るべき箇条を読み聞かせられている。