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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
ッて」
こんな話をしているところへ、誂えたものが運ばれて来た。捨吉は急にかしこまって、小さな猪口を友達の前に置いた。ぷんと香気のして来るような熱燗を注いで勧めた。一口嘗めて見たばかりの菅はもう顔を渋めてしまった。
「生れて初めて飲んで見るか」
と、捨吉も笑いながら、苦い苦い酒を含んで見た。咽喉を流れて行った熱いやつは腸の底の方まで浸み渡るような気がした。
菅は快活に笑って、
「青木君で僕が感心したのは――僕もあのお寺は初めてじゃないからね――ホラ、若い書生のような人があのお寺に居たろう。あの人が僕に話したよ。自分はもうこの世の中に用の無いような人間だ、青木君なればこそ自分のようなヤクザなものを捨てないでこうして三度の飯を分けてくれるんだッて――ね。ああいう人を世話するところが青木君だね」
こうした噂が尽きなかった。
僅か一つか二つ乾した猪口で二人とも紅くなってしまった。
「何だか頬辺が熱って来たような気がする」
と言って、やがて友達と一緒に帰りかけた頃は、捨吉の心は余計に沈んでしまった。
青木はよく引越して歩いた。高輪から麻布へ。麻布から芝の公園へ。その度に捨吉は何かしら味のある言葉を書き添えた葉書を田辺の家の方で受取った。