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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
有体に言えば、エホバの神とはあの三十代で十字架にかかったという基督よりももっと老年で、年の頃およそ五十ぐらいで、親しい先生のようでもあれば可畏いお父さんのようでもある肉体を具えた神であった。半分は人で、そして半分は神であるようなこの心像に、捨吉は旧約的な人物に想像せらるるような風貌を賦与えていた。例えば、アブラハムの素朴、モオゼの厳粛。このエホバの神が長いこと捨吉の心の底に住んでいたと聞いたら、笑う人もあるだろうか。実際、他界のことにかけては、捨吉は少年時代からの先入主となった単純な物の考え方に支配されていて、まるで子供のようにその日まで暮して来たのであった。
隠れたところをも見るというこの神の前に捨吉は跪いた。おごそかなエホバの神のかわりに、自分の生徒の姿が瞑った眼前にあらわれて来た。若々しい血潮のさして来ているその頬。かがやいたその眸。白い、処女らしいその手。
「主よ、ここにあなたの小さな僕が居ります」
祈ろうとしても、妙に祈れなかった。
涙ぐましい夕方が来た。捨吉は独りで自分の部屋を歩いて、勝子の名を呼んで見た。彼は自分の内部に眼をさましたような怪しい情熱が何処へ自分を連れて行くのかと思った。