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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
捨吉は既に涼子のことを知っていたし、市川も岡見を通して勝子の話を聞いていた。点頭き合った一日の友は、十年かかっても話せない人のあるようなことを唯笑い方一つで互いの胸に通わせることが出来た。
「伝馬町は兄さんによく似てますね」
と捨吉が言い出した。
ふと捨吉は伝馬町という言葉を思いついて、自分ながら話すに話しいいと思って来た。竈河岸、浜町、それで田辺の家の方では樽屋のおばさんや大川端の兄を呼んでいた。それを捨吉は涼子に応用した。
「伝馬町はよかった」
と市川も笑出した。さすがに涼子のことになると、市川も頬を染めた。
「岡見君は一体どうなんですか」
捨吉は自分の胸に疑問として残っていることを市川の前に持出した。あれほど市川に同情を寄せ捨吉に手紙をくれた岡見も、まだ自分から熱い涙の源を語らなかった。
「お磯さんという生徒がありましょう」
「そうですか――あの人ですか――大方そんなことだろうと思ってました」
この二階へ来て見て、初めて捨吉は岡見の心情を確めた。市川の口から磯子の名を聞いたばかりで、かねての捨吉の想像が皆なその一点に集って来た。
「ところがです」と市川は捨吉の方へ膝を寄せながら、「お磯さんという人は、君も知ってる通りな強い人でしょう。