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つちのなかからのはなし

桜の森の満開の下

坂口 安吾

坂口安吾『桜の森の満開の下』。同一底本的分册已合并为一书。收入:土の中からの話、家康、閑山、禅僧、小さな部屋、道鏡。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 页

青空文庫

全てを見ずに、全てを知らずに、いたい気持がするのであった。然し、彼は、ともかく娘を信じたかった。なぜ肉体があるのだろうか。あの高貴な魂に。あの気品の高い心に。その肉体を与えたことが、自分の罪であるとしか思われない。そして彼は娘のその肉体にかりそめの訓戒をもたらすだけの残酷さにも堪え得なかった。

彼は死床に押勝をよんだ。腕を延せば指先がふれるぐらい、すぐ膝近く、坐らせた。そして、顔をみつめた。私の死後はな、彼は相手の胸へ刻みこむように、一語ずつ、ゆっくり言った。安倍内親王(孝謙帝)と道祖王が天下を治めることになっている。安倍内親王と、それに、道祖王がだよ。お前はこのことに異存はないか。はい、まことに結構なことと存じております。そうか。それならば、神酒を飲め。そして、誓をたてるがよい。押勝は神酒を飲んで、誓った。上皇の目は光った。よろしいか。もしもお前がこの言葉に違うなら、天神地祇の憎しみと怒りはお前の五体にかかるぞよ。たちどころに、お前の五体はさけてしまうぞ。上皇は押勝をはったと睨んで、叫んでいた。

上皇は崩御した。

押勝は上皇の病床に誓った言葉のことなぞは、気にかけていなかった。