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つちのなかからのはなし

桜の森の満開の下

坂口 安吾

坂口安吾『桜の森の満開の下』。同一底本的分册已合并为一书。收入:土の中からの話、家康、閑山、禅僧、小さな部屋、道鏡。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 页

青空文庫

禅僧は同じ村のお綱という若い農婦に惚れた。この農婦が普通の女ではなかった。野性そのままの女であった。

お綱は小学校に通う頃から春に目覚めて数名の若者を手玉にとったと言われるほどの娘。小学校を卒業すると町の工場へ女工に送られたが居たたまらず、東京へ逃げて自分勝手に女中奉公した。昔郡役所のあった町に小金持の老人があったが、借金のかたとでもいうわけか、お綱は呼び寄せられてこの老人の妾になった。その時が十八。五年目に老人が死んだ、妾時代お綱は出入りの男達と相手選ばずの浮気をしたが、老人が死ぬと身体一つでのこのこ村へもどってきた、身体のほかに持っていたのは頭抜けた楽天性と健忘性と野性のままの性慾だった。村へきても誰はばからず本能の走るがままに生活した。そういうお綱に惚れて、自殺したうぶな男もあったのである。

ある時村へ一人の旅人がきた。隣字の温泉へ行くつもりのものが生憎と行暮れて、この字では唯一軒の旅籠兼居酒屋の暖簾をくぐったのである。農家の土間へ牀机をすえ手製の卓を置いただけの暗い不潔な家で、いわゆる地方でだるまという種類に属する一見三十五六、娼妓あがりの淫をすすめる年増女が一人いた。