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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
甲斐はためらうようすだった。新左衛門がなにを遺言したいかは、聞かなくともわかっているし、そこには国から駆けつけた七十郎もいるだろう。ゆけばうるさいことになる。そう思うようすだったが、やがて眼をあげて、まいろうと頷いた。
「ただいま寺池さまのお相手をしているが、やがてまいると伝えておけ」
舎人はすぐに去った。
甲斐が住居へ帰って、着替えをしていると、銀座の鳩古堂から、筆を届けて来た。
甲斐はいつものように、自分で手代の助二郎に会い、箱を取って居間へはいった。机に向かって箱をあけると、これも例の如く、筆が五本、枠に篏って並んでいる。甲斐はまん中にある斑入りの軸の筆を取り、静かに指で捻って、嵌込み細工になっているその軸の上部を抜いた。下のほうを逆さに振ると、細く巻いた薄葉が出て来、甲斐はそれを机の上で、注意ぶかくひろげた。
そこには極めて小さい字で、左のような意味のことが、書いてあった。
――涌谷さまから手紙があった。そこもとの意見をよく思案されたところ、思い当るふしがあるので、いちおう前田家と連絡をとる件は承知する。だが、どこまで話しあうべきかは、いちど会って相談しよう。