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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

七兵衛は立っていて、万右衛門が抜いた。万右衛門の手に、きらっと刀が光り、七十郎がそっちを見た。万右衛門は月に正面してい、肉の厚い大きな顔の、太い眉と、白い歯とが見えた。

「刀は抜いたときが勝負だぞ」と七十郎が云った。

万右衛門は動かず、七十郎はじっと彼をにらんで、それから微笑しながら、宿の者の一人に、「おい佐平、この二人を宿へ送ってゆけ」と云った。万右衛門が動いた。七十郎は彼を見た。五拍子ばかり万右衛門をみつめていて、それから、棒立ちになっている七兵衛に眼をやり、静かに元の場所へ坐りながら、「伊助はここへ来て酌をしろ」と云った。

宿の者の一人が、近よって来た。

「こうなると主持ちは哀れだ」と七十郎は盃を取って、くすっと笑いながら云った、「おれは斬っても斬られても、迷惑する者も泣く者もない、ところが扶持を貰い、家族縁類があると、そうはいかないからな、――おい佐平、二人を送ってってやれ」

「万右衛門、刀をおさめろ」と渡辺七兵衛が云った。彼は、こっちへ背中を向けている七十郎をにらみ、それからぎごちない口調で訊いた。

「別れるまえに、もう一つ聞いておこう」

「伊助、酒を注げ」