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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
それはすばやく近づいて来、やがて提灯の光が見えた。
「そっちが木戸です」
「この塀は廻ってゆけるか」
「天神のほうへ出られます」
そんな問答に続いて、すぐに、木戸があいていますと云うのと、叩いてみろと云うのが同時に聞えた。
新八は口をあいて喘いでい、からからに干あがった喉が、紙でも擦り合わせるような音をたてた。木戸をあけて、人を呼ぶ声がし、答える声がした。その問答のあいだに、一人がこっちへ来た。提灯の光が近づき、棒のような物で草むらを叩くのが聞え、それがさらに、こっちへ近づいて来た。新八は息を止めた。
「おい、提灯をみせろ」と云う声が、殆んど耳のそばで云われたように、新八に聞えた。新八は眼をつむった。棒で叩かれて、枯草が鳴り、灌木の枝の折れる音がした。だめだ、と新八は思った。
棒は彼のすぐうしろに届き、倒れた草が彼の着物に触れた。彼はちぢみあがった。だめだ、みつかった、と思い、そのとき木戸のほうから、「そっちはどうだ」と呼びかける声がして、いないようです、と答えながら、草の中へはいって来るけはいがした。
新八はとびあがった。
提灯の光と、草を踏みわけて来る、人のけはいとで、新八は逆上し、いきなりとびあがって、その男に躰当りをくれた。