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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
宇乃は吸い取った血を脇へ吐き、それを三度くり返してから、折った紙で傷のところを縛った。
「やっぱり話してしまおう」帯刀は顔をそむけて云った、「私に縁談が起こっている、相手は松山の娘だ」
宇乃はまあと帯刀を見あげ、それはおめでとうございます、と云った。
「私は気がすすまないのだ」と帯刀は云った、「しかしお祖母さまには逆らえない、お祖母さまも松山から来た人だし、その娘と私とは従兄妹に当る、――母があんなことになったうえに、三代も重縁というのは私は好ましくないんだ」
彼は宇乃の顔を見、やはりそこに予期したような反応のあらわれていないことを認めると、するどく眉をしかめて歩きだした。
宇乃は少し彼におくれて歩きながら、青根の宿であったことを思いだしていた。そうだ、あのときだった。さっき帯刀が「話してもむだだ」と云うのを聞いて、その表情や口ぶりが、まえにいちど経験したことのように思えた。同じようなことがまえにもあった、という気がしたのであるが、帯刀が縁談の話しを始めたとき、ああそうだと思い当った。
甲斐の湯治に付いていった青根の宿で、塩沢丹三郎から文をもらった。