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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

「味をみてわかったわけか」

「新さん、あたしはまじめに聞いてちょうだいって云った筈よ」

「どう聞こうとおれの勝手だ」と新八は冷笑した、「てめえの情婦ののろけを、まじめな面で聞けるかどうか、考えてみたらわかるだろう、おれにはまだそれほどの洒落っけはないんだから」

「――ごめんなさい」とおみやはまた眼を伏せた、「新さんをそんなふうにしたのはあたしよ、みんなあたしが悪かったんだわ」

「話しを片づけてくれ」新八はそっぽを向いた、「そういう男ができたから、つまりおれに切れろというんだろう」

「あたしのためではなく、あなたのためにそうしたいの、いいえ聞いてちょうだい、あたしまじめに云ってるのよ」とおみやは新八を遮り、指で眼を抑えながら云った、「黒田さんのことものろけなんかじゃないわ、向島のときだって、黒田さんはあたしを近よせもしなかったし、それからあとも同じよ、あの人は女中やお端下にまで騒がれているけれど、いつもきちんと折目を正して、女になんか眼もくれやしないわ」

おみやは話し続けた。

邸内の女たちと同様に、おみやも彼にのぼせあがった。武家屋敷のことで、表てと奥とはきびしく区別されているが、邸内は広いことだし、そうしようと思えば、男と女の会う機会がないわけではない。