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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 146,773 字 · 294 页

青空文庫

彼は、しかしそう永くは蝋小屋にも落ちつけなくて、間もなく茶の間の方に行った。

茶の間には、もうあかあかと電燈がともって居り、客用のお膳がいくつも用意されていた。

彼は、火鉢のそばに坐ってそれを見ているうちに、お膳の上のものをめちゃくちゃにひっくりかえしてみたいような衝動を感じた。

「ひとりでいるの? みんなどこに行ったんだろうね。」

お延が忙しそうに立ち仂きながら、次郎に言った。

「どこに行ったんかね。」

次郎は、気のない返事をして、相変らずお膳を見つめていた。

「喧嘩をしたんではない?」

「ううん。」

「誠吉もいないの。」

「僕、知らないよ。」

お延は、心配そうに何度も次郎の顔をのぞいていたが、そのうちに、女中と二人で座敷にお膳を運びはじめた。次郎は、お膳が一つ一つ眼の前から消えて行くごとに、座敷の様子を想像して、ただいらいらしていた。

ご馳走がおわって、客が帰ったのは九時すぎだった。

ほかの子供たちはもう寝てしまっていたが、次郎だけは茶の間に頑張っていて、みんなに挨拶している女の人の顔を注意ぶかく観察した。それは幅の広い、ぼやけたような顔だった。ただ、笑うと右の頬に大きな笑くばが出来るのが、はっきり次郎の眼にうつった。