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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 146,773 字 · 294 页

青空文庫

次郎は何だか気がかりだった。しかし、どんな寝言だったかを問いかえしてみるだけの楽な気持には、まだなっていなかった。するとお芳が、またえくぼを見せながら、

「どんな寝言だったと思うの。」

「わかんないなあ。」

「教えてあげましょうか。」

「ええ。」

「それはね――」

とお芳は少し間をおいて、

「母さん、母さんって。――」

次郎は、はっとしてお芳を見た。お芳のえくぼは、まだ消えていなかった。しかし、次郎の眼には、そのえくぼが妙にゆがんでいるように見えた。

次郎は、いそいでふとんを頭からかぶってしまった。するとお芳が枕元によって来て、

「次郎ちゃんは、きっと亡くなったお母さんを呼んでいたのね。でも、あたしもうれしかったわ。」

次郎はふとんの中で、思わず身をちぢめた。そして、心のうちで、

「うそつけ!」

と叫んでみた。しかしそれはまるで力のない叫びだった。彼は生まれてこのかた感じたことのない妙な感じに包まれていた。それは嬉しいような、それでいて腹が立つような感じだった。

(どうして母さんと呼ばなければならないのだろう。もし叔母さんと呼んでもいいのなら、どんなにでも気安く話が出来るのに。