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みとばいふ

水戸梅譜

山本 周五郎

「芸能文化」1942(昭和17)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,607 字 · 25 页

青空文庫

丘の上へとびあがった男は、そこでちょっと振返った。浅黒い顔で凛とした眉つきをしていた。涼しい大きな眼だった。かれはなにか云いたげだった、しかし供の者がつづいて丘へ駆け登ろうとするのをみると、そのまま松林のなかへ走り去った。

かれは丘を左へ越えると、畑地や森かげをつたって足ばやにあるきだし、日のとぼとぼ暮れに千波ヶ原へとやって来た。……十六年の春秋がながれ去って、千波ヶ原のようすはずいぶん変った。見わたすかぎり荒れ地だったのが、ところどころ開墾され伐りはらわれた叢林のあちらこちらに、農家の炊ぎの煙がたちのぼっている。……かれはいそぎ足に原へはいり、かつて竹藪にかこまれていたあのあばら屋のほうへと近寄っていった。そこもすっかり変っていた。建物はおなじものだけれど、よく手入れをしたとみえて見違えるほどがっしりしているし、納屋、物置、厩などが出来ている。家のまわりもとりひろげられ、背戸には、梅、柿、栗などの果樹が育っていた。そしてこの構えをとりかこんで、水田と畑とがみごとにうちひらけてみえた。

光圀の行列についていた若者は、やがてこの家のかどにあらわれた、あのとき八歳だった小次郎がいまはこのように成長した。