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みとばいふ
水戸梅譜
山本 周五郎
「芸能文化」1942(昭和17)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,607 字 · 25 页
三
母親は感動を抑えたこわねでしずかに云った。そして我が子の幼い手に土器をわたし、瓶子をとってそれに注いだ、水であった。「恐れおおいことですけれど、その盃を中納言さまの下されたものと思って頂戴なさい、そして、あっぱれお役にたつべきさむらいになるのです、わかりましたか」
はいと云って少年は母親を見あげ土器の水を戴いて啜った。野のはてからしきりに秋風がわたっていた。草原がそよぎ、林が鳴った。この家をとりまいて竹簇が潮騒のようにゆれ立った。すでに家のなかは暗かった。そして崩れた壁の隙間からわずかに残照がさしこみ、それが母親の頬にしるされた涙の条をうつしていた。
三
「やっぱりついて来る」
「どこだ、ああお荷駄のうしろから来るあの男か」
「きっとまた水戸までついて来るぞ」
常陸へかえる光圀の行列が千住の大橋を渡ると間もなく、供尻にいる者たちがそんなことを囁きあい、ときどきそっとうしろへふりかえった、……編笠の前をふかくさげた旅装のさむらいが一人、荷駄のうしろについてあるいて来るのがみえた、笠があるので相貌はわからないが、骨太のからだつきでまだ若そうな男だった。光圀が江戸へゆくときにも、国へ帰るときにも、かれはみえ隠れに行列の後について来た。