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どろぼうとわかとの

泥棒と若殿

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,601 字 · 41 页

青空文庫

……今でもどこか世間の隅のほうで、それぞれの苦しい生活に追われ、ときにつくねんと溜息でもついているのではないだろうか。

――みんな気の毒な、哀れな本当はよき人たちなんだ。少なくともおれの周囲にいる人間よりは人間らしい。

二十日あまりいっしょに暮すうち、成信はすっかり伝九郎が好きになった。彼の躯には生きた世のなかの匂いが附いている、良いところも醜くいところも、卑しさも清らかさもひっくるめた、正直なあるがままの人間の呼吸が感じられた。

「おう信さん、おめえどじょう汁を食うか」

「――よく知らないが食うだろう」

「食うだろうってどじょう汁も知らねえのか、へえ、おめえ知らねえものばかりじゃねえか」

「――うん、まあそんなところだ」

「よっぽど家が貧乏か、それともお大名の若さまみてえだぜ」

こんなふうで、まだ口にしたことのないものもいろいろ喰べた。武家の生活とは違って、無作法な下品なような感じであるが、すべてに情があり真実がこもっていた。――炊きたての飯に熱い汁をかけて食ううまさ、肌ぬぎの茶漬け、青じその香をきかした冷奴、さらに釜底の狐色に焦げたところへ塩をふった握り飯など、品も作法もなくうまかった。