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どろぼうとわかとの

泥棒と若殿

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,601 字 · 41 页

青空文庫

男は太息をついてこちらを眺めた。するとまた腹がくうくうと鳴ったので、なま睡をのみながら立ち、なにか考えていたが、もういちど、「しようがねえなあ」と呟やき、広縁からどこか外へと出ていった。

成信は間もなく眠ったらしい、誰かゆり起す者があるので眼をさますと、障子が仄明るくなり、すぐ側にさっきの男が立っていた。

「起きて顔を洗わねえか、飯ができたぜ」

「――飯、……どうしたんだ」

「どうしたっていいや、早く起きねえ」

男は厨のほうへ去った。年は三十四、五だろうか、色のくろい愚直そうな顔で、ちから仕事をした者に特有の、こごんだ逞ましい肩と外へ曲った太い足とが眼立った。

――それも面白い。にが笑いをして成信は起き、少しばかりふらふらするが、嗽ぎ口の廊下から井戸のほうへと出ていった。

表のほうは正門から段下りに、畑や田のある村里へとひらけているが、裏は二千坪にあまる庭がそのまま、片ほうは黒谷の深い渓流へさがり、奥へゆけばしぜんと鬼塚山へつづいている。そちらにも昔は柵をまわしてあったのだが、ずっとまえに朽ち倒れて、今では山との境界がなにもない。それで鹿とか猪とか、ときには熊などまでのこのこはいって来るし、狐や狸などは常住の巣をもっているようだ。