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きつね

狐

山本 周五郎

「産報」1942(昭和17)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,471 字 · 17 页

青空文庫

「鷺がではいりしておる……天守番はなにも云わぬが、どうしたのだ」

乙次郎はそれには答えなかった。

「修理はぜひ必要です、よろしかったらわたくしが宰領をいたします」

「ともかく、作事方へ話してみる」

弥左衛門もそのつもりになったらしい、それからすぐに天守閣へ大工がはいるようになった。かたく口止めをしておいたので、広くは騒がれなかったけれども、やぐら番の人々を中心として乙次郎を讃賞するこえが高くなった、それはかなり弥左衛門をよろこばせた。――やはりみこんだだけのことはあった。これなら拝郷の家をゆずれる、茫漠としてつかまえどころのなかった婿のなかに、はじめて骨のありどころをさぐり当てたという感じだった。そして、乙次郎を見るときの弥左衛門の眼は、ようやく温かい色をもちはじめた。

きれいに雨があがって、緑に染まったような爽やかな風のわたる日だった。非番で家にいた乙次郎が庭の泉池の鯉に餌をやっていると、裏庭のほうから妻の美弥がなにかくすくす笑いながら近寄って来た、「面白いものをごらんにいれますから、納屋までおいであそばせ」「……なんだ」「ごらんになればおわかりになりますわ」