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きつね

狐

山本 周五郎

「産報」1942(昭和17)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,471 字 · 17 页

青空文庫

美弥はやはり笑っていた。

乙次郎は残っている餌をすっかり泉池の上へ投げやって、妻といっしょに裏のほうへいった。裏庭には十五六本の柿の木がある、その柿畑のわきに納屋があった。

「この中をごらんあそばせ」と云われて乙次郎は中を覗いた、すると茶色の毛をした一頭のかなり大きな狐が、しっかりとそこに繋がれていた、「……南村の六兵衛と申す猟師が持ってまいりました、こんどのは雌狐だそうで、先日のとちょうど番になるから買って呉れと申しまして」

「……誰かに見られたか」

「いいえ」美弥は微笑しながらかぶりを振った。

乙次郎は納屋の戸をしめ、妻といっしょに庭のほうへ戻りながらいった。

「いろいろ考えたが、そのほかにいい智恵がなかった、この世に変化妖怪のあるわけはない、けれども無いという証拠もない、番士たちが聞いた異様な声というのは損じている矢狭間を出はいりする鷺だった、宙に舞う白いものというのもそれだ、また階段に聞えた跫音というのは、木組のゆるみが緊まる音だった」

「どなたもお気づきなさらなかったのでしょうか」

「はじめに妖怪だと思いこんでいるからなにもかも怪しくなる、たとえ、いま話したことを聞いても信じられないだろう、……かたちにあらわれたもの、事実で示されたものを見るまでは、こういう噂は消せないものだ」