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げんかくさんぼう

玄鶴山房

芥川 竜之介

一、二「中央公論 第四十二年第一号」1927(昭和2)年1月1日発行<br>三~六「中央公論 第四十二年第二号」1927(昭和2)年2月1日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,434 字 · 25 页

青空文庫

玄鶴は彼の顔を見る度にいつも唯「ああ」とか「お帰り」とか答えた。その声は又力の無い、声よりも息に近いものだった。重吉は舅にこう言われると、時々彼の不人情に後ろめたい思いもしない訣ではなかった。けれども「離れ」へはいることはどうも彼には無気味だった。

それから重吉は茶の間の隣りにやはり床に就いている姑のお鳥を見舞うのだった。お鳥は玄鶴の寝こまない前から、――七八年前から腰抜けになり、便所へも通えない体になっていた。玄鶴が彼女を貰ったのは彼女が或大藩の家老の娘と云う外にも器量望みからだと云うことだった。彼女はそれだけに年をとっても、どこか目などは美しかった。しかしこれも床の上に坐り、丹念に白足袋などを繕っているのは余りミイラと変らなかった。重吉はやはり彼女にも「お母さん、きょうはどうですか?」と云う、手短な一語を残したまま、六畳の茶の間へはいるのだった。

妻のお鈴は茶の間にいなければ、信州生まれの女中のお松と狭い台所に働いていた。小綺麗に片づいた茶の間は勿論、文化竈を据えた台所さえ舅や姑の居間よりも遥かに重吉には親しかった。彼は一時は知事などにもなった或政治家の次男だった。