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げんかくさんぼう
玄鶴山房
一、二「中央公論 第四十二年第一号」1927(昭和2)年1月1日発行<br>三~六「中央公論 第四十二年第二号」1927(昭和2)年2月1日発行
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,434 字 · 25 页
五
「まあ、お母さん、どうしたんです? こんな所まで這い出して来て。お母さんったら。――甲野さん、ちょっと来て下さい。」
お鈴の声は「離れ」に近い縁側から響いて来るらしかった。甲野はこの声を聞いた時、澄み渡った鏡に向ったまま、始めてにやりと冷笑を洩らした。それからさも驚いたように「はい唯今」と返事をした。
五
玄鶴はだんだん衰弱して行った。彼の永年の病苦は勿論、彼の背中から腰へかけた床ずれの痛みも烈しかった。彼は時々唸り声を挙げ、僅かに苦しみを紛らせていた。しかし彼を悩ませたものは必しも肉体的苦痛ばかりではなかった。彼はお芳の泊っている間は多少の慰めを受けた代りにお鳥の嫉妬や子供たちの喧嘩にしっきりない苦しみを感じていた。けれどもそれはまだ善かった。玄鶴はお芳の去った後は恐しい孤独を感じた上、長い彼の一生と向い合わない訣には行かなかった。
玄鶴の一生はこう云う彼には如何にも浅ましい一生だった。成程ゴム印の特許を受けた当座は比較的彼の一生でも明るい時代には違いなかった。しかしそこにも儕輩の嫉妬や彼の利益を失うまいとする彼自身の焦燥の念は絶えず彼を苦しめていた。