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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

と聞くと、殿上人たちの面にはどこかに、ほっとした色がなくもなかった。……そして、六波羅の暴戻にたいする怒りも、彼らの土足にいまや皇居までが冒されるに至ったかと思う痛涙も、それからのものであった。

「さがれ、ひとまず」

「お汝らは、さがって後も、口さがなく、騒ぎたてるな」

「ただしずかに、以後の諸門や怪しき者の出入りに、一そう心をつけておれよ」

――と、遠ざけて後。

「……さて。奏聞に達したてまつらねばなるまい」

たれともなく、沈痛な中につぶやいた。誰にしろ、その奏聞は辛いらしい。

老齢の宣房が、黙って立った。

さなきだに、事の勃発いらい、天皇の御憂悶は申すまでもない。御饗もお減りになったと大膳寮ではいっている。

――ここ、あらゆる行事や行幸も見あわせられて、夜の御殿も、昼の御座も、清涼殿いったいは巨大な氷室と異らなかった。いまも、かすかな蔀明りを横に、帳台の側に、大床子(机)を置かれ、おつかれらしい頬杖をのせて、ややお体をくずしておられた。

「……宣房が」

と、おそばにいた寵姫の廉子が、そっと、みかどへ、ご注意した。

もの案じの末、いつか、うつらうつら夢見てでもおいでだったか。