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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

みかどは、そこへ伺侯した宣房に、はっとされた御容子で、

「宣房。何かあったのか」

と、先に問われた。

そして、日野俊基が宮門内から曳かれたことをお聞きになると、みるみる御激昂のいろが龍顔をおおっていた。

「あるまじき処置」

ぶすと、お口のうちだった。

幕府への御憎悪は年久しいが、今ほどな天皇のおん眼じりを、宣房も見たことがない。悲涙にただれていらッしゃる。――が、それに耐えんとなされるらしく、じいっと、閉じておいでだった。

「宣房」

「は」

「俊基の捕われは、二度目だの。正中ノ変の折と」

「再度の獄でござりまする」

「よも、このたびは助かるまい」

「……おそらくは」

「さぞ、無念であったろうに。……内裏のついそこまでは、まいっていながら」

「いくたびか、お座所の方を振り向きつつ、曳かれて行ったと申すことです」

「さもあろう。なにか、言ったか」

「二度ほど、声振りしぼッておりましたそうな。ひと言、大納言殿(吉田定房)に物申さぬこそ恨みなれ、と」

「…………」

寵姫の三位ノ局廉子も、吉田定房の名を聞くのさえ、「裏切り者」への蔑みと「密告者」という憎しみに、身も焦くような黛をちらと、みかどへ、して見せた。