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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

――即日、彼は、川止めの関を放ち、辻結びを解き、また藤井寺の囚人溜りへ数珠ツナギにしておいた散所民を、みな解いて、

「いのち冥加な虫ケラどもだ。六波羅へ送られれば、どいつもこいつも、投げ込み墓に入るところを、これも鎌倉殿のお情け。ありがたく心得ろ」

と、恩に着せて放った。

それらの釈放人のうちには、舟芸人の雨露次もいたし、彼の妻の卯木も、もちろん、交じっていなければならぬはずだった。

「ひどいなア。……まるで野盗が住んだあとみたいにして行きおった」

藤井寺の堂守は、ひとりで腹をたてていた。

むりはない。その日、本庄鬼六らの六波羅兵が、急に引き払って行った跡の景は、なんとも狼藉なものだった。いくら無住同様な寺にせよ、欄や建具は手当り次第、薪にしているし、大小便をした坑に土さえ埋けて行こうとした様子もない。

「……が、まあまあ白鳳期の御本尊、石川観音の御像が持ち出されて、焚き物にされなかっただけでも、目ッけものか」

堂守の一僧は、ぼやきながらも、やがて箒を手に、片づけはじめた。時代の良民は、みなそうだったろうが、天災に会ったような諦め顔が、彼の、せッせと働き出す姿にもあった。