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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
03 みなかみ帖
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页
浮名沙汰もかねがねだけに、卯木の失踪は、それに輪をかけての噂になった。
「大それた女院抜けなど、一人で思い立つはずはない」
「男も手伝うたことであろ」
「いま思えば、卯木どのは、一ト月ほど前から、ひそかに酸味を好んでいた風でもある。よくよく思い余った末か」
わけて、女院の内では、興味と嫉妬の対象として、囀りぬかれた。――が、この事件に、誰よりも仰天したのは、烏丸ノ成輔である。即時、家人を八方へ派して、心当りを尋ねるやら、密々、検非違使の手まで借りて捜査したが、男女の行方は、杳として分らない。
男の治郎左衛門元成の国もと、伊賀へも人をやってみた。
立ち廻っていない、とある。
「さらば、女の由縁を」
と、次には、卯木の縁故さきを洗って行った。
まず第一に、彼女が西華門院に雑仕として上がる前から養われていた北ノ大路の学僧玄恵法印を、成輔が直接たずねた。
「……姿も見せぬ。いや、さような不始末では、来られもしまい」
玄恵の答えだった。
当代、玄恵法印の名は、急に世に聞えていた。新しい宋学の泰斗である。特に、急進派の若公卿ばらの間に人気がたかい。
かの公卿一味の“文談会”なども、この老学者を引っぱり出して、表面、資治通鑑の講義を聴く会だなどと、世間を欺瞞していたものである。