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しほんたいへいき

私本太平記(七)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(七)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 330,262 字 · 662 页

青空文庫

命じ終ると、正成は数十歩、丘の南の端のほうへ歩いていた。すると、童武者の蔦王が、おやかたさま、おやかたさま、と彼のそばへ駈けよっていた。正成の顔の汗を見たからであろう。腰にさげていた青竹の水筒を解いて、

「お水を」

と、さしだした。

正成はニコとして、ひとくち飲んだ。そして青竹を彼の手に返しながら言った。

「蔦王はあまり水を飲むでないぞ。五月の水は腹によくない」

「はい」

「そして、そちはここから正成の使いに行け」

「え、どこへです」

「東国へだ。そちの父、河原ノ入道は、わが一族の左近蔵人正家にしたがって、常陸の久慈郡、瓜連ノ城と申すところにおる……。そこへまいって、きょうまでのこと、そちの父へも正家へもようつたえるのだ。わかったか」

「…………」

「なぜ泣く。正行と共に河内へ帰すべきを、きょうまでは連れて、そちの望みもかなえてやったものを。すぐここを去れ。オ、これを持って」

と、なにか手の中に入るほどな小さい物を渡した。路銀であろうか、守り袋に秘めた書状でもあろうか。蔦王には眼にも見えなかった。そのうえ彼は、恐ろしい一喝をあたまの上で聞いた。叱られたのである。