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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

「一体、わたしはもう一生を終えてしまったのかしら?」と彼女はぎょっとして考えた。「誰かわたしにこれから何をしたらいいか、それともこの儘何もかも詮めてしまうほかはないのか、教えて呉れる者はいないのかしら? ……」

或日、菜穂子はそんなとりとめのない考えから看護婦に呼び醒まされた。

「御面会の方がいらしっていますけれど……」看護婦は彼女に笑を含んだ目で同意を求め、それから扉の外へ「どうぞ」と声をかけた。

扉の外から、急に聞き馴れない、烈しい咳きの声が聞え出した。菜穂子は誰だろうと不安そうに待っていた。やがて彼女は戸口に立った、背の高い、痩せ細った青年の姿を認めた。

「まあ、明さん。」菜穂子は何か咎めるようなきびしい目つきで、思いがけない都築明のはいって来るのを迎えた。

明は戸口に立った儘、そんな彼女の目つきに狼狽えたような様子で、鯱張ったお辞儀をした。それから相手の視線を避けるように病室の中を大きな眼をして見廻わしながら、外套を脱ごうとして再び烈しく咳き入っていた。

寝台に寝た儘、菜穂子は見かねたように云った。「寒いから、着たままでいらっしゃい。」

明はそう云われると、素直に半分脱ぎかけた外套を再び着直して、寝台の上の菜穂子の方へ笑いかけもせず見つめた儘、次いで彼女から云われる何かの指図を待つかのように突立って