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なおこ
菜穂子
堀 辰雄
楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页
すると、あの方もベッドから降りていらしって、お前のとなりにお立ちになった。
「私はどうもそれを嗅いでいると頭痛がしてくるんです」
「お母さんも、百合のにおいはお嫌いよ」
「お母さんもね……」
あの方は何故かしらひどく素気のない返事をなさった。お前は少しむっとした。……その時、向うの亭の木蔦のからんだ四目垣ごしに、写真機を手にした明さんの姿がちらちらと見えたり隠れたりしているのにお前は気がついた。あんなにホテルの外で待っているとお前に固く約束しておきながら、いつのまにかホテルの庭へはいり込んでいるそんな明さんの姿を認めると、お前はお前の幾分こじれた気もちを今度は明さんの方へ向けだしていた。
「あれは明さんでしょう?」
あの方はそれに気がつくと、いきなりお前にそう仰しゃった。そうしてそれから急になんだかお前に興味をお持ちになったように、じっとお前を見つめ出した。お前は思わず真っ赤な顔をして、あの方の部屋を飛び出してしまった。……
そんな短い物語を聞きながら、私はお前は何んてまあ子供らしいんだろうと思った。そしてそれがいかにも自然に見えたので、この頃どうかするとお前は妙に大人びて見えたりしたのは全く私の思い違いだったのかしらと思われる位であった。