轻松读懂日语经典作品
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あしはみていた
葦は見ていた
山本 周五郎
「週刊朝日」1947(昭和22)年6月22日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,985 字 · 36 页
計之介は一人息子だったが、決してあまやかされるようなことはなかったし、生れつき温和しく、頭のいい子で、藩校ではよく褒賞を与えられた。――杉丸東次郎とは精心館で知りあった。東次郎は計之介より一つ年長で、精心館道場では俊秀といわれていた。計之介はついに彼に及ばなかったが、それでも上位の中軸くらいまでは使ったし、ときには東次郎と三本に一本くらいの勝負をすることもあった。
二十歳前後から、彼にはふしぎに人望が集まって、「やがて国老になるだろう」などという評が広まった。父が側御用を勤めたし、国老三席のうち、一つは中老から選出される定めなので、無根の評ではないが、そんな年ごろでそういう人望の集まることは、彼自身にはかなり重荷に感じられた。
――そんなことを気にするな。
東次郎は、しばしば彼を励ました。
――世評なんて勝手なものだし、国老になったっていいじゃないか、国老になったって悪くはないぜ。
――よしてくれ、おれは静かに暮したいんだ。
計之介は学問が好きだった。できることなら一生、静かに学問をして暮したかった。
二十三歳のとき、彼は深江を妻に欲しいと申し込んだ。