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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

などと云った。

彼等が一寸話題を失って、ただ触覚だけで感じ合っていた時、俄に車内が明るくなった。車が、街燈やショーウィンドウでまぶしいほど明るい、ある大通りにさしかかったのである。すると、芙蓉は小声で「マア、まぶしい」と呟きながら、大胆にも自分の側の窓のシェードを卸して、柾木にも、外の窓のを卸してくれる様に頼むのであった。これは別の意味があった訳ではなく、女優稼業の彼女は、人目がうるさくて、一人の時でもシェードを卸しつけていた位だから、まして男と二人で乗っている際、ただ、その用心に目かくしをしたまでであった。同時にそれは、彼女が柾木という男性にたかを括っていた印でもあったのだ。

だが、柾木の方では、それをまるで違った意味に曲解しないではいられなかった。彼はおろかにも、それを彼女が態と作ってくれた機会だと思い込んでしまったのである。彼は震えながら、凡てのシェードを卸した。そして、彼はたっぷり一時間もたったかと思われた程長い間、正面を向いたまま、身動きもしないでいた。

「もうあけても、いいわ」

車が暗い町に這入ったので、芙蓉の方では気兼ねの意味で、こう云ったのだが、その声が柾木を勇気づける結果となった。