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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

「僕は最近、不思議なことを始めたよ。僕みたいな古風な陰気な男が、自動車の運転を習っていると云ったら、君は定めし驚くだろうね。僕の所の婆やなんかも、僕が柄にもなく朝起きをして、一日も休まず自動車学校へ通学するのを見て、たまげているよ。毎日毎日練習用のフォードのぼろ車をいじくっている内に、妙なもので、少しは骨が分って来た。この分なら、もう一月もしたら、乙種の免状位取れ相だよ。それがうまく行ったら、僕は一台車を買込むつもりだ。そして、自分で運転して、気散じな自動車放浪をやるつもりだ。自動車放浪という気持ちが、君は分るかね。僕にしては、実にすばらしい思いつきなんだよ。たった一人で箱の中に座っていて、少しも人の注意を惹かないで、しかも非常な速度で自由自在に、東京中を放浪して歩くことが出来るのだ。君も知っている様に、僕が外出嫌いなのは、この自分の身体を天日や人目にさらす感じが、たまらなくいやだからだ。車にのるにしても、運転手に物を云ったり指図をしたりしなければならぬし、僕がどこへ行くかと云うことを、少くとも運転手丈けには悟られてしまうからね。それが、自分で箱車を運転すれば、誰にも知られず、丁度僕の好きな土蔵の中にとじ籠っている様な気持のままで、あらゆる場所をうろつき廻ることが出来る。