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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

言葉を換えて云うと、それ程彼は愛について貪婪であった。そして、余りに貪婪であるが故に、彼は他人を愛することが、社交生活を営むことが出来なかったのであるかも知れない。

だが、そればかりではなかった。もう一つのものがあった。卑近な実例を上げるならば、彼は幼少の頃、女中の手を煩わさないで、自分で床を上げたりすると、その時分まだ生きていた祖母が、「オオ、いい子だいい子だ」と云って御褒美を呉れたりしたものであるが、そうして褒められることが、身内が熱くなる程、恥しくて、いやでいやで、褒めてくれる相手に、極度の憎悪を感じたものである。引いては、愛することも、愛されることも、「愛」という文字そのものすらが、一面ではあこがれながらも、他の一面では、身体がキューッとねじれて来る程も、何とも形容し難いいやあないやあな感じであった。これは彼が、所謂自己嫌悪、肉親憎悪、人間憎悪等の一聯の特殊な感情を、多分に附与されていたことを語るものであるかも知れない。彼と彼以外の凡ての人間とは、まるで別種類の生物である様に思われて仕方がなかった。この世界の人間共の、意地悪の癖に、あつかましくて、忘れっぽい陽気さが、彼には不思議でたまらなかった。