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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
大丈夫だと思うと、少し正気づいて、乱れた服装をととのえたり、隠し残したものはないかと、車の中を改めたりした。すると床のゴムの敷物の隅に、小さな手提鞄が落ちているのに気づいた。無論芙蓉の持物である。開いて見ると、別段の品物も入っていなかったが、中に銀の懐中鏡があったので、序にそれをとり出して、自分の顔を写して見た。丸い鏡の中には、少し青ざめていたけれど、別に悪魔の形相も現われていなかった。彼は長い間鏡を見つめて、顔色をととのえ、呼吸を静める努力をした。やがて、やや平静を取戻した彼は、いきなり運転台に飛び戻って、大急ぎで電車道を横切り、車を反対の方角に走らせた。そして、人通りのない淋しい町へ淋しい町へと走って、とある神社の前で車を止め、前後に人のいないのを確めると、ヘッドライトを消して置いて、咄嗟の間に、シェードを上げ、ツーリングのマークをはがし、テイルの番号標を元の本物と取り換え、再び頭光をつけると、今度はすっかり落ちついた気持で、車を家路へと走らせるのであった。交番の前を通る度に、態と徐行して、「お巡りさん、私ゃ人殺しなんですよ。このうしろのクッションの下には、美しい女の死骸が隠してあるんですよ」