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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

大急ぎで洋服に着換えて、再び門を出た時も、彼はどこへ行こうとしているのだか、まるで見当がついていなかった。その癖、彼の頭は脳味噌がグルグル廻る程、忙しく働いていた。真空、ガラス箱、氷、製氷会社、鹽づけ、防腐剤、クレオソート、石炭酸、…………死体防腐に関するあらゆる物品が、意識の表面に浮上っては沈んで行った。彼は町から町へ、無意味に車を走らせた。そして、非常な速度を出している癖に、同じ場所を幾度も幾度も通ったりした。ある町に氷と書いた旗の出ている家があったので、彼はそこで車を降りて、ツカツカと家の中へ這入って行った。店の間に青ペンキを塗った大きな氷室が出来ていた。「もし、もし」と声をかけると、奥から四十ばかりのお神さんが出て来て、彼の顔をジロジロと眺めた。「氷をくれませんか」と云うと、お神さんは面倒臭そうな風で、「いか程」と訊いた。無論彼女は病人用の氷の積りでいるのだ。

「アノ、頭を冷すんですから、沢山は入りません。少しばかり分けて下さい」

内気の虫が、彼の言葉を、途中で横取りして、まるで違ったものに飜訳してしまった。

繩でからげて貰った小さな氷を持って、車に乗ると、彼は又当てもなく運転を続けた。