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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
痛みなどは感じもしなかったが、その時ふと彼の心に奇妙な変化が起った。彼は立上る代りに、一層身を低く土の上に這いつくばって、誰にともなく、非常に叮嚀なおじぎをした。
変な男が、往来の真中で、いつまでもおじぎをしているものだから、たちまち人だかりになり、通りがかりの警官の目にも止った。それは親切な警官であったから、彼を助け起して、住所を聞き、気違いとでも思ったのか、態々吾妻橋の所まで送り届けてくれたが、警官と連れ立って歩きながら、柾木は妙なことを口走った。
「お巡さん。近頃残酷な人殺しがあったのを御存じですか。何故残酷だといいますとね。殺された女は、天使の様に清らかで、何の罪もなかったのです。と云って、殺した男もお人好しの善人だったのです。変ですね。それはそうと、私はその女の死骸のある所をちゃんと知っているのですよ。教えて上げましょうか。教えて上げましょうか」
だが、彼がいくらそのことを繰返しても、警官は笑うばかりで、てんで取合おうともしなかったのである。
それから数日の後、柾木がまる二日間食事に降りて来ないので、婆やが心配をして家主に知らせ、家主から警察に届出で、あかずの蔵の扉は、警官達の手によって破壊された。