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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

傍らの椅子には、これまた絵に描いたような麗人糸子が膝に伏せた本の上にすんなりとした片手を置いて、何ごとも知らず安らかに眠っている。どうやら糸子は帆村の命令に従って睡眠剤を服んでいるらしかった。もちろんそれは帆村のやさしき心づかいで、この場の異変にこれ以上彼女の繊細な神経を驚かせたくないという心づかいであったに違いない。

怪物蠅男は、見るもいまわしい土色の面に悪鬼のような炯炯たる眼を光らかし、激しき息づかいをしながら、部屋の隅からじりじりと寝台の向うに立つ帆村探偵に向って近付いて来るのであった。

雨か嵐か、はた雷鳴か。怪人と侠青年との息詰まるような睨み合いが続いた。

「勝負は貴様の負だッ。こうなれば観念して、潔く降参しろッ」

と帆村探偵は烈々たる言葉を投げつけた。

「なにを言やがる」と蠅男は歯を噛みならし、

「手前こそ息の止らねえうちに、念仏でも唱えろッ。今度こそは手前の土手ッ腹を機関銃で蜂の巣のようにしてやるんだッ。それでもまだ助かるとでも思っているのか」

そう云って蠅男はじりじりと前進し、垂れている左腕を静かに挙げて、帆村の胸元目がけて突き出した。