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エタにたいするあっぱくのえんかく
被差別部落とは何か
喜田 貞吉
喜田貞吉『被差別部落とは何か』。同一底本的分册已合并为一书。收入:エタに対する圧迫の沿革、特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ、特殊部落の人口増殖、特殊部落の言語、特殊部落と通婚問題、特殊部落と寺院、特殊部落と細民部落・密集部落、沙門と屠児、来り人の地位と職業、遠州地方の足洗、エタと非人と普通人、エタ源流考、「特殊部落研究号」発行の辞、「特殊部落」と云う名称について、『切支丹と旧エタ』について、「エタ」名義考、編輯雑感。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,169 字 · 267 页
穢多を一つにもと河原細工人とも、また河原者とも云いましたのは、これが為でありましょう。
以上三つの流れが重なものとなって、所謂穢多は出来ました。そのすべてが穢多の称を受ける事になったのは、徳川時代に、一切の賤民を穢多・非人の二つに分けた為で、従来河原者と呼ばれたものも、皮田と呼ばれたものも、いやしくも皮革を扱うものはみな穢多になりました。摂津三島の宿河原、紀伊の狩宿などは、シュクの名のあるのを見れば、夙の族がいた所だと思われますが、これらが穢多になったのは、皮を扱っていた為と存じます。その代りに一方には、京都に於ける藍染屋・青屋の如き、仏法で嫌う職業であったので、遂に徳川時代のやや下った頃までも、明らかに穢多仲間にされて、穢多と同じく牢番等をもなしたものです。しかしこれは職業があまりに違ったから、いつしか穢多から離れました。つまりは職業の問題から穢多というものが出来上がったのです。
徳川時代の穢多に関する制度を見ますと、江戸浅草に弾左衛門という者がありまして、鎌倉時代以来の穢多の頭として、これが関八州の穢多を統率し、その支配の下に、すべての非人等がおりました。