轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

エタにたいするあっぱくのえんかく

被差別部落とは何か

喜田 貞吉

喜田貞吉『被差別部落とは何か』。同一底本的分册已合并为一书。收入:エタに対する圧迫の沿革、特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ、特殊部落の人口増殖、特殊部落の言語、特殊部落と通婚問題、特殊部落と寺院、特殊部落と細民部落・密集部落、沙門と屠児、来り人の地位と職業、遠州地方の足洗、エタと非人と普通人、エタ源流考、「特殊部落研究号」発行の辞、「特殊部落」と云う名称について、『切支丹と旧エタ』について、「エタ」名義考、編輯雑感。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,169 字 · 267 页

青空文庫

を加えて促音を書きあらわす方法が普通でなかったが為に、文字にはエタと書いたのであったのかもしれぬ。「職人尽歌合」にエタと詠み込んであるのも、束縛ある歌詞の事としては、確かな証拠にも引かれまい。後のものだが「芸苑日渉」には、「越多」と漢字で書いてある。これが果してエトリの転とのみ解すべきであろうか。

鎌倉・南北朝・室町時代のエタが、ことごとく屠者でなかったとは言えぬまでも、記録上にあらわれているところが、いずれも屠者以外のものであるという事は、慶長の頃までなおエタは掃除の為に社寺に置かれたものだとの説のあった事と合せ考えて、疑問を深からしめるものがないでもない。或いはそれが屠者の兼業であったと言ってしまえばそれまでだが、さる証拠のない限り、もと餌取・屠者以外にエッタと呼ばれたものがあって、その名が、「塵袋」の様な解釈から、屠者なり皮細工人なりに及んだものだと解せられぬ事もない。かの皮細工人の如きは、もとはエタでなかったのかもしれぬ。今川氏時代の駿府のエタは明らかに「川田」と呼ばれておった。徳川時代になっても、上方地方のエタの多数が、法令上では所謂エタ仲間と見做されておりながら、普通には多く「皮田」