轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
かいせつ しゅみをつうじてのせんせい
解説 趣味を通じての先生
額田 六福
「舞台 岡本綺堂追悼号」1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,362 字 · 11 页
等云われた。それがちっとも可笑しく響かなかった。
*
こうした旅の最後は、去年の夏の強羅の宿だった。いつもは大勢揃って出かけるのだが、今度は一夏中と云うので、自然たいくつだろうから、一人乃至二人で別れ別れで来る様にと云われていた。しかし、いずれにしても御迷惑になる事なので、一晩泊りの心組で、熱海から廻って登った。丁度小林(宗吉)君がお尋ねしたあとだったが、非常になつかしがられて、尚、もう一泊する様に切にすすめられた。その中に、東宝で撮る北條(秀司)君の映画の打合せで、岸井(良衛)君も来合せるし、丁度箱根権現で灯籠流しがあると云うので、北條君のすすめで、夜に入って先発した岸井兄弟のあとを追って、ただ二人で駿豆の専用道路を走らせた。
その時の事は、先生御自分でも文藝春秋にも書かれていたが、夜が更けて、見物の殆どが帰って仕舞った宿の一室で、私と先生とは枕を並べて眠った。それが、そうした事の最後だった。今も判然と思い出す。そして、よくもよくも甘えて来たものだと思う。
あくる朝、権現様へ参詣して、バスで強羅へ戻った。十二時に早昼をよばれて、豪雨の中を東京へ立った。