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とうくろうちそう

討九郎馳走

山本 周五郎

「内蔵允留守」成武堂、1942(昭和17)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,250 字 · 21 页

青空文庫

岸へ乗りつけると、馬を下りた。そこにはかねて着替えの包が置いてあったのである。

討九郎は堤を駆け下りながら、

「何者だ」と叫んだ。不意をつかれて、相手は愕然と身をひらき、いま脱ったばかりの大剣を拾った。討九郎はその面前へつめ寄りながら、「貴公いまこの川の瀬ぶみをしたな」

「…………」相手はとびだしそうな眼でこちらを見た。

「何者だ、名乗れ」

「せ、瀬ぶみではない」相手は舌の硬ばった声で叫んだ、「拙者は尾張家の家臣だ、水馬の稽古をしにまいったのだ、誰のさしずでもない、おのれのための馬術の稽古をしていたのだ」

「それにしては場所が悪いぞ」討九郎はそう云いながら大剣を抜いた、「矢矧川は岡崎の要害だ、いや江戸幕府を護る要害なのだ、その瀬ぶみをしたからは、たとえそれが大納言家の申付けだとしても生かしては置けぬ、抜け!」

相手ものがれぬ場合と覚悟していたらしい、討九郎が「抜け!」と叫ぶより疾く、いきなり真向から抜き打ちをしかけた。……凍てる明けがたのしじまを破って、劈くような絶叫がとび、灰色の空に剣光がはしった。しかしそれは一刹那のことで討九郎の剣が大きく一閃したとみると、相手は悲鳴をあげながら横ざまに川の浅瀬へ転倒した。