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ろんごものがたり
論語物語
下村 湖人
「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页
孔子は、待遇よりも自分の政治的信念を実現する機会が得たかったので、一縷の希望をつないで、しずかにその時の到るのを待つことにした。
こうした場合、彼の心にぴったりするものは、何といっても音楽であった。彼はしばしば詩を吟じ、瑟を弾じ、磬を撃った。今日も彼は、一人で朝から磬を撃っていたが、その音は、門外にひびいて、水晶の玉がふれあうように、澄んだ空気の中を流れていた。
「おや?」
もっこを担いだ百姓姿の一人の男が、門前で歩みをとどめた。
「いい音だ。だが、まだだいぶ色気があるな。」
そう云って、彼は歩き出した。歩きながら、彼はわざとのように、ぺッと唾を吐いた。
孔子のお伴をして来ていた門人の冉有が、丁度その時、門をくぐって外に出るところであった。
彼は、この異様な百姓の言葉を聞きとがめた。
(変な奴だな。)
彼はそう思って、じっと男のうしろ姿を見送っていた。
すると百姓は、それにとうから気づいていたらしく、くるりと向きをかえて、二三歩冉有の方に近づいて来た。彼は、顔一ぱい皺だらけにして笑っていた。間もなく笑いは消えた。しかし、笑いが消えたかと思うと、長い舌がぺろりと鼻の下に突き出していた。