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ろんごものがたり
論語物語
下村 湖人
「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页
しかし、自分はこれで死んでもいいのか。顔回亡きあとに、真に身を以て道に奉じ、玲瓏として仁に生きる者が、今何処にいるのだ。道は言葉ではない。真理は概念ではない。自分の後世に求めているのは、言説でなくて実行なのだ。もし自分がこのまま死んだら、自分は一たい、一生を通じて何をして来たというのだ。自分はまだ死ねない。断じて死ねない。ただ一人の真の後継者を得るまでは。)
しかし、彼の目の前には、水が刻々に流れてかえらなかった。遙かの野の果には、真紅の太陽が秒を刻んで沈んで行った。彼はひしひしと、自分の生命の終焉が近づいて来るのを、感ぜずには居られなかった。
(顔回よ、顔回よ。)
底知れぬ寂しい声が、石像にも似た彼の体の中に、木枯のように噎び泣いた。「永遠の孤独」は、その瞬間、彼を「無限の虚無」に突き落そうとするかのようにさえ思われた。
彼の心の脚は、しかし、その瞬間にも決してよろめかなかった。七十年の苦闘によってかち得た彼の魂の自由さは、湖の底のように、彼の悲痛の感情をそのままに、がっちりと支えていた。
「天行健なり。」
彼はしずかに易の一句を口吟んだ。
水は滾々として流れている。