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ろんごものがたり
論語物語
下村 湖人
「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页
彼を取りまいている門人たちも、石のように無言である。
空は翡翠のように透きとおって、はてしもなく蒼い。蒼い空のもとに、静かに、しかしその底に無限の悩みをたたえて、中国がその運命的な息を呼吸している。天と地との境はわからない。中国の呼吸が、蒼空の裾をわずかに溶かして、地上の悩みをかくそうとしているかのようである。
「泰山にのぼるのも、これが最後じゃ。」
孔子は、しばらくして、門人たちをかえりみていった。
門人たちに道を説くことのほかに、中国において孔子にゆるされている、ただ一つの仕事は、古典の究明である。政治の実際に当って舵をとるには、彼の智慧は、諸侯の心とあまりにへだたりがあり過ぎた。そして、彼自身でも、彼の中国に対する最後の、そして最上の贈物が、倦むことなき古典の究明であることを、も早や知りすぎるほど知っているのである。
泰山は、中国にとっても、彼自身にとっても聖なる山である。彼は、このごろ、この聖なる山に登りたい衝動に、強くかられていた。それは、書斎における彼の労作に倦んだからではない。むしろ、古聖の道の究明は、彼自身泰山のいただきに立つことによって、真の完成が見られると信じたからである。