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ろんごものがたり

論語物語

下村 湖人

「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页

青空文庫

孔子は、しかし、そっぽを向いたきり、ものを言わなかった。彼はじっと眼を閉じて、何か思案するような風であった。

子路の眼には、妙にそれが痛々しかった。自分の言葉が、図星に中りすぎて、さすがに先生も因って居られるな、と思った。彼は何とかその場を繕わなければならないと思ったが、残念ながら、そんな場合の技巧は、彼の得意とするところではなかった。で、彼も丸太のようにおし默っていた。

そのうちに、彼は次第に孔子の沈默が恐ろしくなり出した。孔子の沈默は、いつもただ事ではなかったからである。彼は孔子の横顔をぬすみ見ながら、そろそろ自分を反省しはじめた。

(自分は、今先生に云ったとおりのことを、ほんとうに信じているのか。)

いや!と、彼は即座に自分に答えざるを得なかった。

(子羔のためにならないのは、先生の言葉をまつまでもなく、知れ切ったことだ。すると、自分は、一体誰のために彼を採用したのだ? むろん費の人民のためではない。子羔自身のためでもなく、費のためでもないとすると――)

彼はここまで考えて来て、もう孔子の前にいたたまらなくなった。何とか機会をとらえて逃げ出す工夫はないものか、と考えた。