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ろんごものがたり
論語物語
下村 湖人
「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页
(あの眼にぶッつかると、俺は喉も手も急に硬ばって来るような気がするんだ。今日もたしかにそうだった。俺の手が狂い出したのは、奏楽の最中に孔子の眼にぶッつかってからのことだ。)
彼は、部屋の中を歩きまわりながら、しきりに小首をかしげた。しかし、しばらく歩きまわっているうちに、少し馬鹿々々しいような気がして来た。
(孔子の眼が、俺の音楽を左右するなんて、そんな馬鹿げたことがあるものか。)
彼は、忌々しそうに、窓からぺッと唾を吐いて、青空を仰いだ。すると、彼は、そこにもう一度、ちらと孔子の眼を見た。相変らず微笑を含んだ深い眼である。
(やっぱり、あの眼だ。)
彼は、消え去った孔子の眼を追い求めるように、何もない青空を、いつまでも見つめていた。
「司空様がお呼びでございます。」
いつの間にはいって来たのか、一人の小姓が、彼のすぐ背後から、そう云った。彼は返事をする代りに、ばね仕掛の人形のように、卓のそばまで行って、せかせかと服装をととのえた。
彼は、孔子の部屋にはいるまで、ほとんど夢中だった。彼ははいって見て、森とした部屋の、うす暗い奥に、端然と坐っている孔子を見出して、はじめて吾にかえった。