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まけないおとこ

負けない男

佐々木 邦

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1930(昭和5)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,799 字 · 202 页

青空文庫

失業者は、夫れ/\会社へ出勤する連中の間に割込んで、親友の家へ急いだ。

「清水君、美事やられたよ」

と堀尾君が玄関で言った時、清水君は訊き直す必要を認めなかった。刻限が刻限だし、血相が明白に口をきいていた。

「さあ、上り給え」

「失敬する」

と直ぐに通った堀尾君は、

「やられた。到頭やられた」

と繰り返す丈けで、挨拶を全く忘れていた。

「突如かい?」

「うむ」

「何うして?」

「追々話す。実に老獪な野郎だ」

「鳧かい? いつかの話の」

と清水君も見当がついた。

「うむ。うまく瞞された」

「今申渡されたんだね?」

「申渡しも何もないんだ」

「それじゃ何だか分るまい?」

「いや、僕の机と椅子がないんだ。実に手際が好い」

「ふうむ」

「好い恥をかゝされたよ」

「そんな遣り方があるものかね?」

「あるものと見える。椅子を失うということがあるが、全くその通りだと思ったよ」

「最近何か思い当りがあるのかい?」

「無論あるさ。而も昨日だ。油断をしたよ。相手を見括り過ぎたんだ。まあ、聴いてくれ給え」

と堀尾君は語り出すと共に落ちついて、犬の喧嘩については、

「君から貰った犬だから、君も責任があるぞ」

なぞと冗談を交える余裕が出た。