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まけないおとこ

負けない男

佐々木 邦

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1930(昭和5)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,799 字 · 202 页

青空文庫

「おや/\」

と言ったのは、もう会社へ出掛ける刻限になっていたのだった。箸を取る時には出勤するか何うか疑問だったが、もう決心がついていた。急いでお茶を飲んで洋服に着替えた。至って簡単明瞭だった。友人の説諭よりも愛人の意向に従う。尤も帰着するところは一つで、何方も勤めていなければいけないと言っている。

会社では安川君が待っていて、

「晩かったね」

と迎えた。

「もう少しで遅刻さ。危いところだった」

「遅刻の心配をするようなら安心だ」

「何故?」

「或は辞表懐中で悠々としているのかと思ったからさ」

「不料簡はやめた。ハッハヽヽ」

と堀尾君は昨日の権幕は更になく、早速伝票を書き始めた。もう書き潰しはしない。しても紙屑籠には入れない。

親切ものゝ清水君はその晩下宿へ訪ねて来て、

「おい、何うしたい?」

と訊いた。

「君の忠告に従ったよ」

「それは宜かった。安心した」

「態有難う」

「昨夜あれから妻に話したんだよ。心配し出してね、訊いて来いと言うんだ」

「上役の命令か? 忠告する丈けあって、実践躬行を怠らない」

と堀尾君は冷かした。

「実務上の関心もある。喧嘩をされると、家の方がお流れになるからね」